「よう、」 たとえばこれが夢でなかったとして、目の前に居る男が現実の世界の中でこうやって私の前で暢気に笑って片手をあげているのなら、私はすぐさまこいつへ飛びかかり首を絞め技の一つでもかまし顔色が紫になり泡を吹くまで技をかけてやると思っているのだけれど、残念ながらこれは夢だ。どうしてわかるのかといえば彼は死んだ筈で、私がいる場所はこんなだだっぴろい海と砂浜しかない田舎っぽいところではなく広く暗い宇宙なのであって、そしてさっき私は硬く狭いベッドの上で就寝したばかりだからである。だから、これは、夢だ。 「突っ立ってないでこっちこいよ」 言われるままに足を踏み出した。あり得ないほど白いのに厭に現実味を帯びたそれは私の足に独特の熱を伝え、私の足をからめとる。ゆっくりと足を動かして彼の元に向かうが、彼は一歩も動かず私をじっと見ている。暗に早く来いといわれているようでなんだか少し不本意なので、足を速めることはなかった。 「よ」 「うん」 「久しぶり、か?」 「そうでもないと思うけど」 自分の発言に確信を持てないみたいに首をかしげるロックオンに私は「殆ど毎日顔をあわせていたから、数日顔を見ていないだけでそう思うんだと思うよ」と言えば「ああだからかぁ」と返事が返ってきた。久しぶり。そうか。久しぶりなのかもしれない。低い声も、くるんとした柔らかい髪も、温かいにおいも。彼の居ない世界なんて今まで一度たりとも自分は想像したことなんてなかったんだということを思い知らされた。いつ死んでも可笑しくなかったのに。いつどちらか居なくなっても、可笑しくなかったのに、何も考えてこなかったんだなあと思う。ずっとあんな日が続いていくんだろうと思っていた。だから私を見つめる強い目に負けて、部屋のロックを解いて。無茶するなって何度も言い聞かせて。いつの間にか泣きそうになった私をロックオンは抱きしめて。(生きて帰ってくるから、って、そういえば君は言わなかったね?)せわしなく、休む暇もろくになく、常に背徳を抱え、それでも奇妙な充実感の在る毎日は脆くあっけなく崩れ落ちた。足元にある砂を足で掻き分ける。裸足に熱が伝わって酷く心地よい。 「座るか?」 「うん」 砂浜に並んで腰を下ろした。引いては押し寄せる波はどう見ても現実と変わりなく、澄んだ色をしている。私たちのつま先に触れる寸前で泡を残し、またひいていく。こんな世界でも潮の満ち引きとかはあるんだろうか、とどうでもいいことをぼんやり考えた。左側にいるロックオンの体温を感じる。ロックオンはそっと私の頭に手を伸ばして、自分の肩にもたれかからせた。心地よいし楽だから、私は拒まずにじっとしていて、目を閉じる。潮騒の音。 腕はしっとりと汗ばんでいたので、私はそっと頭を離した。名残おしいとでも言うように私の髪が数本張り付いて、そして離れる。後ろ髪を引かれるってこういうんだろうか。 「あ、俺汗かいてる?」 「いやじゃないよ、別に」 「そうかい」 「・・私ここ見覚えある」 確か前に五人で一緒に来たね。任務の合間だったけど。親睦を深めるぞーだのなんだの言ってロックオンは張り切って、バーベキューの用意までして。私が食べる用意して、アレルヤは肉とか野菜切ったり果物剥いたり。ティエリアは飲み物頼んだのにずっとなんかビーカー持ってうろついてるし。ロックオンは刹那の髪を切ってたんだっけね。ああ、ロックオンは髪を切るのが上手かったな。 「でもここはあそこじゃねえよ」 「知ってるよロックオン。別に言わなくてもいいじゃん。(無粋だね)」 「そうかい?」 「そうだよ」 神様というものがいるのだとすれば。私は神様を信じていないし、かといって無神論者だと言えるぐらいストイックでもない。都合のいいときだけ神様仏様なんでもいいんでとりあえず助けてくださいってぐらいにしかあてにしてないくらいだから、何ともいえないけれど。もし神様というものがいるのだとすれば。なんて残酷な人なんだろうと思った。きっとサディスティックなんだなあ。私がここを現実ではないかと錯覚してしまいそうになるくらい、私はこれが現実であればいいと思っているんだ。感じるはずの無い体温を感じて。息遣いを感じて。鼓動を、感じるけど 無い筈の片目に私が映る。 「その目、見えるの?」 「おう。見えるぜ」 ほら 違うんでしょう? 「ばかだなあお前は」 「何がよ」 「お前のせいじゃないよ」 「お前のせいじゃないんだ」 「・・私のせいだ」 「違うね」 「違うくない」 「違う」 「死ぬ」 「だめだ」 「死ぬの」 「だめだ」 「死にたい」 「だめだ」 「死なせて」 「厭だね」 そういってざぶざぶとロックオンは透明な水の中へ入っていく。ズボン濡れるよ、って言いかけたときにはもうロックオンは膝まで水につかっていて、冷たそうで気持ち良さそうだ。そっと私もつま先を水につけようとするけど、何だか、躊躇われて付けられずにいる。波がかからないかな、と思うけれど波は私のつま先ギリギリ数センチまで押し寄せてそしてひいて行くことを繰り返すばかりだ。ロックオンは既に腰まで水に浸かっている。ズボンのベルトが波で見え隠れしている。まだ歩く事を止めないので私は焦る。 「ロックオン」 「来るなよ?」 振り返ったロックオンの笑顔。 「来ちゃ駄目だって、お前はわかってるんだ」 わかんないよ。 「わかってるんだ」 確か引き出しに剃刀があったな。それで手首を切れば首を切れば。大量出血で私は確実に死ににいける。(きみのそばでわらっていられる。)でも私が死んだ後血液の処理が手間取るのは申し訳がたたないのでバスルームで手首を切ろうか?そしたらすぐに流せるし。ねえ。ねえ?「しぬ?」何日も声を出していない喉から出た声はつぶれた醜い蛙のよう。しぬ?しぬ?しにたい?あふれ出る涙は痛すぎる。熱すぎる。目に染みる。じくじくする。嗚咽を漏らそうとしたらそれは吐き気に変わって、でも吐くものがなにもないから吐けなかった。 瞼を閉じても顔は浮かんでこない。頭の先までとうとう飲み込んでしまってそしてあとはきれいな海が何もなかったかのように静かで、全てがぼやけていて、それでいて鮮明で、もう一度目を開ければあんたが覗き込んでいる気さえするよ。ばかやろう。「死ぬな」だなんてなんて無責任か知ってる?同じ台詞を私あんたを外に出す時言ったよ。あんたは笑ったよ。そして 帰ってこなかったよ。自分がどんだけ理不尽な事言ってるか分かってんのか。自分のこと棚に上げて何言ってるんだ。言っとくけどね、私があんたの言う事聞く義理なんて一つもないんだからね。「お願いだから」残される人間の気持ちを知ってる?知ってるんでしょう?あんたは、知ってるのに。なんでそんな悲しいこというの?なんでそんな縋るみたいな目で私を見たの?「死なないでくれ」寂しいんでしょう?あんなだだっぴろいところで一人だなんて、寂しいんでしょう?にぎやかなのが好きなくせに、でも一人が好きなくせに、でもでも誰かがいないと駄目なくせに。かっこつけるな。ばか。ばか。「あいしてるんだよ」あいしてるんだよ。すきだよ。しにたいよ。そばにいたいよ。「あいしてるんだ」折角会えたのにね。私の夢妄想世界だとしてもね。抱きしめろよ。キスしろよ。私の独りよがりな夢妄想世界じゃないって知ってるよ。わざわざ会いに来てそれって、男失格だよ。私ほんと、見る目ないなあ。「だからいきてくれよ」おれのぶんまで?ふざけんな。あいしてるのに。すきなのに。ほお擦りしたいのに。キスしたいのに。だきしめたいのに。ほんとは最後までいやがったセックスだってロックオンとならしたかったのに。ずっとそばにいたいのに。 死ねないじゃないか 「ちくしょう。」 |