「何処へ行くんだ?」 折角俺が微笑んだのには何も言わずにこちらを見ずに、駆け出した。微笑むために酷使した頬の筋力を緩め、俺は真顔になって立ち上がる。これで三度目だ。薄暗く広い施設内は閑散としている。誰もいない。誰かいるかもしれない。息を潜めているだけかもしれない。息ができないだけかもしれない。なかなかに広い入り組んだ廊下にぱたぱた、と足音が聞こえる。俺はゆっくりと歩く。急いでも急がなくても結果は同じだからだ。もこれぐらい知っているだろうに。それとも分らないのだろうか。莫迦だ。 「?」 ぱたぱた、という音は続く。徐々に遠ざかる音に俺は小さい遺憾の念を抱いたが、瞬く間に薄れた。愚かで莫迦で浅墓なは愛しい。愛しくてたまらない。ああ、莫迦だなあ。莫迦だなあ。手にした黒い無機質は俺の体温を徐々に搾取して、ひどく生ぬるい。くすくす、と今までに無い音が聞こえてきたのでなんだろうと少し驚いて耳を傾ければ止まった。どうやらそれは俺の笑い声で、ああ俺は嬉しいのかと実感する。 「」 退屈で不毛な鬼ごっこだ。はっ、はっと少し不規則になりがちな息遣いがそう遠くない場所から聞こえるが君は全力で逃げているつもりなのだろうね?水滴がひとつふたつみっつ俺のほうに流れてきたから、これは汗だろうか涙だろうかとかんがえた。しょっぱい。どちらもしょっぱいから味覚での判定は不可能だ。とても残念だったので、手にした無機質を何気なく構えて人差し指に力を込める。タアン、だかバアンだかの音がして、ぱたぱたの音はやんで、しゃがみ込んで高くなく実に官能的な嗚咽を漏らしながら足首を押さえるの傍でそれを実に楽しく見つめる俺の頬のそばにひとつふたつみっつ赤い粒が漂った。 「」 「どうして逃げるんだ?」 「俺はお前が愛した男だよ?」 「お前のお望みどおり ロックオン・ストラトスはよみがえったんだ」 白い手が壁に添えられる。あまりに非力で小さいので、それが爪をたてていることに気がつかなかったのだ。そんなことをしても立ち上がれないのだからもう走れないのだからさっさと諦めればいいのに、ああそんなことをしたら かわいいつめが はがれてしまうよ? |