「」 声をかけられてはゆっくり振り向いた。ぼんやりと開いたの目は焦点があまり合っていない。ほっとしたのもつかの間。無気力で無表情ながら、何しにきたの、という威圧を感じ陽介は思わず目をそらした。 「…クマがテレビからお前の気配がするって言ったから」 「…そう」 大して関心も無さそうな返事をした後、はまた赤と黒の混沌とした穴に視線を戻した。放課後に見かけたのを最後に、知らぬうちに居なくなっていたから帰ったのだろうと思っていたけれど、まだ制服を来ているところを見ると、どうやら学校が終わって今まで四時間もの間、この不気味な部屋の穴の前で立ち尽くしていたのだろうか。陽介も壁に開いた穴に目をやったが、どうにも目がチカチカしてすぐにそらしてしまった。 「…帰ろうぜ、疲れたろ」 努めて明るい声を出したつもりだが無反応である。瞬き一つせず虚ろにしかしはっきりと穴を見つめるに陽介は徐々に苛立ちを感じ始めた。 「陽介、帰っていいよ」 「…お前は?」 「私は残る」 「…なんで」 「足立さんが、」 後の言葉は聞いていない。頭の線が切れる音がした。無理やり腕を引っ張ったが思いのほか強い力で引っ張り返される。頭が、全身が内側からカッと熱くなり視界がことさら赤く染まる。さらに乱暴に腕を引くと自分の比べて幾分も華奢なの体がよろめいた。しまった、と感じるには理性がまだ完全に戻っていない。部屋の端に置かれたベッドにもつれ込み、上からを全体重とありったけの力で押さえつけ、「うぐ、」という小さな呻き声を聞くまで自分のやっていることを、少しはなれたところでスローモーションのコマ送りのように見つめているようだった。 小さな呻き声にすう、と急速に熱と血が引いているのを感じる。指が、腕が、体が動かない。頭が酸素を求めてクラクラする。俺は、俺は、俺は 「、、、。」 声に涙が混じる。目が熱い。喉が痛い。細い手首は今にもへし折ってしまいそうで手が白くなっている。ねえ逃げないでどこにも行かないで俺を置いていかないでこっちを向いて俺を見て俺だけ見ていて俺のことを考えて俺のことだけ考えて俺を愛して俺だけを愛して嫌わないで俺だけ俺だけ俺だけ俺だけ俺だけのものになって。 「陽介!」 決して大きくは無いのにその声はよく通った。脳髄に到達したその声に頬をひっぱたかれたように陽介はハッとする。ぐらぐらする視界が定まった頃にはどういう状況になっていて自分が何をしてしまったかを思い知った。じわじわと首に寄っていった両手は力を込めれば易々との気管を支配しただろう。何が何かも分からぬままぱっと両手を離した。 「あれ、俺、違う、あの、俺は」 混乱して上手く舌が回らない。嫌な汗が全身から吹き出ている。言い訳をしないと、謝るのが先か、謝って済む問題じゃない、逃げ出したい。胸元を捕まれて、ぐい、と引き寄せられた。殴られる。陽介が反射的に顎を引いてぎゅっと目を瞑るのと同じか早いか、口に何かが噛み付いた感触がした。驚いて目を開けると同時に今度は口を割って舌が進入する。のとは分っているが何が何か分らず陽介は為されるがままだ。熱を帯びた舌が歯列をなぞり、じゅ、と唾液を啜る音がする。また違う角度から噛みつかれての繰り返し。はぁ、は、と熱を帯びた吐息が混じり、が唇を離した頃には陽介はと共にベッドに倒れこみ、脳が酸素を求めてクラクラしていた。 「大丈夫だよ」 ぎゅうと抱きすくめられる。自分の方が身長は高いはずなのに、全身を包まれた感覚がした。 「…、」 「ごめんね、陽介」 ごめん。 堰を切ったように涙が溢れた。ぼろぼろと零れる涙を誤魔化そうと陽介は必死に嗚咽を飲み込もうとしたが、は優しくその背をとんとん叩く。小さく控えめだった嗚咽は徐々に大きくなり、時折鼻を啜る音も混じってゆく。は暖かい体温を感じ目を瞑る。太陽の匂いがするなあ、と思ってほお擦りした。 「陽介、」 「ごめん、、ごめんな」 「ううん、いいよ陽介。ちょっと嬉しかったりするから」 あやす様な口調で笑って言われるものだからだんだん不公平な気がした。俺ばかり好きな気がして仕様が無い。 「・・・んだよそれ、マゾ?」 声に泣きが混じっているため強がり程度にしか聞こえない事はわかっていたが言い返したくてそう言った。 「あっは、そうかもねえ」 はからから笑う。 「陽介ならマゾになるのも悪くないかなあ」 「…いーよ、んなもんなんなくて」 「あと頼む、から」 「うん?」 「俺に黙って、どこかに、消えたり、しない、で」 情けなくも涙も鼻水も止まらない。しないで、って女かよ俺。部屋には俺の嗚咽と鼻を啜る音と視界にはシーツの海が広がり俺にの顔は見えなかったが小さく微笑んだのが空気で分る。 俺を抱きしめる腕に力がこもり、「うん」と耳元で呟く愛しい声が鼓膜を震わせる。 ジェラスの双眸
2008/09/23
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